私見ではあるが、特に地方では「乗っている車」でランクづけされる傾向があると思う。
車社会である地方において、車は単なる移動手段ではなく、その人のステータスを象徴するアイテムになりがちだ。
たとえば20代。
休日のショッピングモールやドライブスポットに行くと、
高級車やSUVに乗っている男性がチヤホヤされる場面をよく見る。
車のブランドやグレードが、まるで“モテ指数”を左右しているかのようだ。
「どんな車に乗っているか」で会話が弾み、
「外車に乗っている=成功している」といった価値観が、
少なからず浸透しているのが地方のリアルである。
車はステータス。だが、それは20代までの話

確かに、20代のうちは見た目や派手さが評価されやすい。
高級車を乗り回す姿は、自信や経済力の象徴として映る。
しかし、それはあくまで“若さの延長線上”にある価値観であり、年齢を重ねるにつれて通用しなくなる。
30代になると、恋愛や結婚を意識する人が増える。
そうなると、車やブランドよりも“生活力”や“考え方”、つまり人間の中身そのものが重視されるようになる。
「いい車に乗っている=いい男」ではなく、
「車にどれだけお金をかけているか=家計管理のバランス」と見られるようになる。
若い頃は魅力に見えた要素が、30代になると“浪費”に映ることもあるのだ。
車が人を映す鏡になるとき
地方では車が「顔」になる。
だからこそ、乗っている車の種類や状態が、その人の価値観を如実に表す。
- 洗車が行き届いた車に乗っている人は、細かいところまで気が回るタイプ。
- 軽自動車でも丁寧に扱っている人は、堅実で無駄を嫌うタイプ。
- 逆に、ローンを組んでまで高級車に乗る人は、「見栄」を重視する傾向がある。
どのタイプが良い悪いではない。
ただ、車に対する考え方=お金や生活への姿勢が透けて見えるのだ。
「車で判断する時代」の終わり

20代までは「モテたい」「見せたい」「目立ちたい」が優先される。
それが悪いわけではない。青春の一部として、十分理解できる。
だが、30代以降になると状況は変わる。
「維持費」「燃費」「安全性」「実用性」など、現実的な視点が加わるのだ。
たとえば、結婚を意識する段階になれば、
「この人と一緒に生活できるか」「将来の家庭像が一致するか」という視点が強くなる。
車選びひとつにも、人生観が表れる。
派手なスポーツカーよりも、子どもを乗せやすいミニバンを選ぶようになる。
維持費の高い外車よりも、故障の少ない国産車を選ぶようになる。
つまり、車が「見栄」から「現実」へと変わっていくのだ。
地方特有の「見栄の文化」
地方では、都会と違い公共交通が発達していない。
ゆえに車は生活必需品であり、そこに「見栄」と「競争意識」が生まれやすい。
「○○さん家はベンツに乗り換えたらしいよ」
「△△くん、あの年でレクサス乗ってるってすごくない?」
そんな会話が普通に飛び交う。
しかし、その裏ではローン地獄に陥っている人もいる。
収入に見合わない車を維持するために、ボーナスがすべて消えるケースも少なくない。
つまり、車で見栄を張るという文化には、ある種の“リスク”が伴うのだ。
本当に価値があるのは「車」ではなく「安定」

結婚を考えるとき、重視すべきは車のブランドではない。
「この人は無理をしていないか」「自分を大切にできているか」だと思う。
身の丈に合った選択をしている人ほど、人生が安定している。
そして、そういう人は相手を安心させる。
お金の使い方は、愛情の使い方にも通じるのだ。
車にお金をかけるよりも、家族旅行や子どもの教育にお金を回す。
そんな考え方に変わったとき、本当の意味での“大人の恋愛”が始まるのではないだろうか。
まとめ
「いい車に乗っているからモテる」「高級車に乗っているから結婚できる」――そんな時代は、20代で終わるフェーズなのだ。
30代以降は、車ではなく人間そのもので見られるようになる。
「何を持っているか」ではなく、「どう生きているか」。
そこに価値が移り変わっていく。
だからこそ、見せかけのステータスではなく、
地に足のついた“本物の自分”を磨くことが大切だ。
地方では車がステータスとして扱われやすい。
だが、それは一時的なもの。
最終的に選ばれるのは、車のグレードではなく、人間としての深さと誠実さである。

コメント